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東京高等裁判所 昭和63年(行ケ)196号 判決

一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願考案の要旨)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。

二 そこで、原告ら主張の審決の取消事由の存否について判断する。

1(一) 成立に争いのない甲第二号証の一(本願明細書)、甲第二号証の三(昭和五九年一〇月二〇日付け手続補正書、以下「第三補正書」という。)、甲第二号証の四(昭和六三年六月二〇日付け手続補正書、以下「第四補正書」という。)によれば、本願考案の技術的課題(目的)、構成及び作用効果は、次のとおりであると認められる。

本願考案は、工作機械における被加工物が載置固定されるマグネツトチヤツクに関するものである(本願明細書第一頁第一六行、第一七行)。

被加工物の一面を、工作機械を用いて研削、切削などの平面加工する場合、加工端面が自由端面であつて加工平面上に障害物の突起がないことが必要であることから、一般にこの種の平面加工を行なう場合、被加工物の工作機械に対する取付けは、マグネツトチヤツクを用いる。

この種マグネツトチヤツクは、工作機械の加工テーブル上に載置固定されて、その上面に被加工物が固定されるようになるので、マグネツトチヤツク上面は、一種の加工基準面となり、該加工基準面の精度が直接被加工物の仕上がり精度に影響する。従来被加工物をマグネツトチヤツク上に固定する際には、まず被加工物をマグネツトチヤツク上に載置し、それからマグネツトチヤツク上を滑らせて所定の位置に移動させてからマグネツトチヤツクを作動させて固定するため、加工基準面であるマグネツトチヤツクの上面がこすられることになり、摩擦とか傷の発生による損傷が激しく、必要な精度を維持している期間が短いという問題点や、加工終了後、被加工物をマグネツトチヤツクから引き離す場合、残留磁気によつて被加工物がチヤツク面から離れにくく、この引離し作業時に、被加工物の下面や、マグネツトチヤツクの上面を損傷しやすいという問題点があつた(同第一頁第一八行ないし第三頁第一八行)。

本願考案は、右知見に基づき、マグネツトチヤツクの上面に多数の圧力流体の噴出孔を形成し、被加工物をマグネツトチヤツク上で移動させる際に、噴出孔より圧力流体を噴出させて、フロートさせる構成として、マグネツトチヤツクの上面における摩擦及び傷の発生並びに被加工物への損傷を防止し、被加工物の仕上がり精度を向上させるとともに、その作業性を向上させることを目的とし(同第三頁第一九行ないし第四頁第七行)、本願考案の要旨記載のとおりの構成を採用したものである(第三補正書第二頁第四行ないし第一六行)。

本願考案は、右構成を採用したことにより、重量の大きな被加工物であつても容易に移動操作でき、作業効率が大きく向上し、加工基準面であるマグネツトチヤツクの上面は、摩擦や傷の発生が防止され、メンテナンスを必要とせず長期にわたつて高い加工精度が維持され、かつ、被加工物の下面を損傷させることもないという特長を有し、また、流体噴出孔を構成するにつきチヤツクの取付孔にブツシユを装入し、ブツシユは小径の貫通孔を有するように構成されているため、流体噴出は小径部分によつて行なわれるから少ない圧力流体の消費量で流速の大きな圧力噴出を行なうことができ、目詰まりを起こし難いという効果があり、また製作上はチヤツクに組付ける前のブツシユそのものに孔明け加工するから加工作業が簡単であるという作用効果を奏するものである(本願明細書第一〇頁第一六行ないし第一一頁第一八行、第四補正書第三頁第七行ないし第一六行)。

(二) 成立に争いのない甲第三号証によれば、第一引用例記載のものは、面板が永久磁石固着面又は電磁石固着面あるいは対向面を介して固定され、この連結の一時的解除手段が配備されるように成された磁気チヤツク装置に関するものであり(第一頁本文第一行ないし第四行)、面板が永久磁石又は電磁石固着面又は対向面を介して固定され、連結の一時的解除手段が配備されるように成された磁気チヤツク装置において、固着面7又は対向面8の中に単数又は複数の圧搾空気導溝(13、14)が開き、これらの導溝に対して遮断自在の圧搾空気源が接続されている事を特徴とする磁気チヤツク装置であることが認められる(第六頁第二行ないし第八行)。

(三) 第二引用例、第三引用例には、加工基準面の被加工物載置領域に穿設された比較的大径の取付孔内に、小径の流体噴出孔を有するブツシユを嵌装することにより形成された複数の小孔からなる圧力流体噴出部を設けることが記載されていることは当事者間に争いがない。

2 取消事由一

原告らは、第一引用例記載のものは、磁力固着面に取付けられた短絡手段(オン、オフ機構)のない永久磁石によつて面板を所定位置に固定するだけのものであつて、このような磁力のオン、オフ機能を有さないものはマグネツトチヤツクとはいわないものである旨主張する。

工作機械等の技術分野において「チヤツク」とは工具の技術用語として一般に使用されているものであり、その意味するところは「工作物あるいは工具を固定するもの」であることは技術常識であり、マグネツトチヤツクはその一種であると認められる。チヤツクは、前記したとおり工作物あるいは工具を固定して機械工作を行なうものであり、工作の始め、あるいは終了後においては、工作物あるいは工具は該チヤツクから係脱されるものであるから、該チヤツクが係脱する機能を備えているものであることは当該技術分野において自明のことである。したがつて、マグネツトチヤツクも工作物あるいは工具を固定するものである以上、その係脱機能(原告らのいうオン、オフの短絡手段)を有するものであることは当然のことといえる。このことは前掲甲第二号証の一によれば、本願明細書に「従来被加工物をマグネツトチヤツク上に固定する際には、まず被加工物をマグネツトチヤツク上に載置し、それからマグネツトチヤツク上を滑らせて所定の位置まで移動させてからマグネツトを作動させて固定させるため(本願明細書第二頁第一七行ないし第三頁第一行)」と記載されていることからも明らかである。

そして、第一引用例記載のものは、面板が永久磁石又は電磁石固着面又は対向面を介して固定され、連結の一時的解除手段が配備されるように成された磁気チヤツクなる構成を有するものであることは前記1(二)で認定したとおりであり、また、前掲甲第三号証によれば、第一引用例には、「本発明は、面板が永久磁石固着面又は電磁石固着面あるいは対向面を介して固定され、この連結の一時的解除手段が配備されるように成された磁気チヤツク装置に関するものである(第一頁本文第一行ないし第四行)。」「また種々の加工作業のため、永久磁石を備えたクラツチ面板を使用する事は新規でない。この場合、工作物ないしは工作物ホルダーを移動させるためには、短絡装置によつて磁石のつかみ力を除去しなければならない(第一頁本文第二九行ないし第三四行)。」と記載されていることが認められ、右事実からすると、第一引用例記載のものは、使用される磁石は永久磁石でも電磁石でもよく、これらの磁石は短絡手段(オン、オフ機構)を備えたものであり、工作物ないしは工作物ホルダーを移動させるときは、この短絡手段を作動させ、脱磁の状態とすることができるものであると解される。

してみると、第一引用例記載のものは、本願考案と同様、マグネツトチヤツクであるとした審決の認定に誤りはない。

原告らは、「第一引用例記載のものは磁力固着面に取付けられた短絡手段のない永久磁石によつて面板を所定位置に固定するものであるから、固着面に導入される圧搾空気は永久磁石による磁気作用を弱めるクツシヨン作用を生じさせるものであり、また、第一引用例には、圧搾空気を導入することにより固着面7と平坦面8の表面を傷つけないようにするとの技術的思想は開示されていない。これに対して、本願考案は、被加工物を磁力によつて所定位置に固定する前又は後の脱磁状態のときに圧搾空気を導入するものであつて、これにより被加工物の載置、離脱の際におけるマグネツトチヤツク上面や被加工物下面の損傷を防止しているのである。」、と主張する。

しかしながら、前記認定したとおり、第一引用例記載のものも磁力のオン、オフ機能を有するものであり、工作物ないしは工作物ホルダーを移動させるときには、右機能を作動させ、脱磁の状態にすることができるものであり、この点において本願考案とは差異がないのであるから、圧搾空気の作用についての原告らの前記主張は理由がない。また、前掲甲第三号証によれば、第一引用例には、「圧搾空気の導入に際して空気のクツシヨン作用が摩擦を防止するので、面板、面板に連結されたチヤツク手段、及び工作物が動力なしで手で簡単に移動させられる。同時に、開いた間隔を流れる空気が当接面間の切削屑の付着を防止する(第二頁第一八行ないし第二四行)。」と記載されていることが認められ、右事実によれば、第一引用例には、圧搾空気を導入することにより固着面7と平坦面8との表面を傷つけないようにするという技術は開示されていると認められる。

3 取消事由二

原告らは、第一引用例記載のものの圧力流体噴出部をなす孔、すなわち、排出口14は、本願考案の圧力流体噴出部をなす「直径が〇・二ないし〇・五mm程度」の小孔とは技術内容を異にし、相当程度の大きさをもつたものであるから、第一引用例記載のものの圧力流体噴出部は、本願考案同様、小孔からなるものであるとした審決の認定は誤りである、と主張する。

前掲甲第二号証の三によれば、本願考案の登録請求の範囲には、「小径の流体噴出孔を有するブツシユを嵌装することにより形成された複数の小孔からなる圧力流体噴出部(第三補正書第二頁第一〇行ないし第一二行)」との構成が記載されていることが認められ、右「小孔からなる圧力流体噴出部」の小孔が小径であることは明らかであるが、右登録請求の範囲には、この小径の大きさの具体的な数値についての記載はない。

そして、前掲甲第二号証の一、甲第二号証の四によれば、本願明細書には、「本考案は(中略)マグネツトチヤツクの上面に多数の圧力流体の噴出孔を形成し、被加工物をマグネツトチヤツク上で移動させる際に、この噴出孔より圧力流体を噴出させて、フロートさせる構成として、マグネツトチヤツクの上面における摩擦及び傷の発生並びに被加工物への損傷を防止し、被加工物の仕上がり精度を向上させるとともに、その作業性を向上させることを目的とするものである(本願明細書第三頁第一九行ないし第四頁第七行)。」「マグネツトチヤツク2をオフにすると、基準面2aに被加工物5を吸着していた磁気吸着作用が失われ、基準面2aと被加工物5との間に例えば一μm程度の隙間が形成される。この隙間に圧縮空気が送り込まれて被加工物5を浮かせるほどの大きさの作用面積を持つた空気室に発展する。この空気室の作用面積に圧縮空気の圧力を乗じたものが被加工物を浮かせる力である。このため上記実施例における直径〇・二ないし〇・五mm程度の小径の噴出孔7からの噴出空気によつて被加工物5を浮かせることができるのである(第四補正書第二頁第一二行ないし第三頁第二行)」と記載されていることが認められる。

右事実によれば、小径の流体噴出孔は、基準面2a上に載置されている被加工物5を磁力の解磁状態において浮上させるものであり、実施例の一つとして、孔の直径を〇・二ないし〇・五mm程度とすることが示されているものであるが、被加工物を浮上させるためには、その圧力流体の噴出孔の孔径だけでなく、圧縮空気の圧力、被加工物の重量と面積、噴出孔の孔数等の要因を考慮して決定されるものであると解される。

してみると、流体噴出孔の直径を〇・二ないし〇・五mm程度とすることは、他の要因との相関関係において認められた一実施例での数値にすぎず、本願考案の流体噴出孔の孔径が右数値に限定されるものではない。

他方、前掲甲第三号証によれば、第一引用例には、排出口14について「本発明によれば、前記の課題は面板の磁力固着面又は対向面に開く単数又は複数の圧搾空気導溝を備え、この導溝が遮断自在の圧搾空気源に接続される事によつて解決される。実験の結果、実用的な面板においては磁力が数千キロポンドであつても面板の固着面の下方に均一作用の空気クツシヨンが直ちに形成されることになる事が明らかとなつた。本発明のさらに他の特徴によれば、約五ないし六KP/cm2の圧搾空気が導入される(第二頁第五行ないし第一五行)。」「チヤツク手段4、6と共に工作物2の位置を変換するため、三路フート弁10、導管11、及び中空の回転モーメントサポート12を介して、本発明の面板6が空気圧の作用を受ける。この場合に空気は、第2図と第3図に図示の導溝13及びその排出口14を通して、磁力固着面7と対応の対向面8との間を流れ、薄い空気膜を形成する。このようにして固着面7と対向面8との間の摩擦が除去されるので、これらの部材全体を手で容易に新位置に移動させることができる(第四頁第二六行ないし第三頁第三六行)。」と記載されていることが認められる。

右事実によれば、排出口14は、面板の固着面7の下方に薄い空気膜を形成するために面板6の固着面7に多数設けられているものであり、供給される空気のクツシヨン作用により面板6を浮上させ、それによつて面板6を容易に移動させるものであると解せられる。そして、前掲甲第三号証によれば、第一引用例には排出口14の径の大きさについて具体的な記載は認められないが、面板を浮上させるための流体噴出孔の大きさは本願考案同様、圧縮空気の圧力、面板の重量、面積、排出口の数等の諸要因を勘案して決められるものと解されるが、第一引用例の第2図、第3図からすると排出口14は明らかに小径の孔として示されており、また前掲甲第三号証によれば、第一引用例には、「空気消費量は、その運転コストが計上されない程度に少ない(第三頁第二二行、第二三行)。」と記載されていることが認められることからして、排出口14は小孔であると認定し得るものである。

してみると、第一引用例記載のものは複数の小孔からなる圧力流体噴出部を有するものである点で本願考案と一致するとした審決の認定に誤りはない。

原告らは、第一引用例記載のものは浮上する部分(面板)に流体噴出部があるのに対し、本願考案は、被加工物が載置されている部分のみならず、マグネツトチヤツクの吸着面全体に流体噴出部を構成するものであるから、その小孔の技術内容が異なる、と主張する。

しかしながら、前記認定したとおり、本願考案の流体噴出孔も、第一引用例記載のものの流体噴出孔も、ともに物体(本願考案にあつては被加工物、第一引用例記載のものにあつては面板)の重量を支え浮上させる圧力流体を噴出させるためのものであつて、その径の大きさは、圧縮空気の圧力、被加工物(面板)の重量、面積、孔の数等の諸要因に関連して決せられるものであることにおいて変わりはないのであるから、両者に技術上格別の差異はない。ただ、本願考案は被加工物を載置していない部分の吸着面でも空気の流出が行なわれているが、これは第一引用例記載のものと対比した場合、単に、被加工物を移動するのに直接必要としない部分に空気が流出し、空気の損失を生じているだけのことでしかないものと解される。

してみると、本願考案の小孔と、第一引用例記載のものの排出口14が格別技術内容を異にするものとは認められず、原告らの前記主張は採用し得ない。

4 以上のとおりであるから、本願考案と第一引用例記載のものとの一致点についての審決の認定は正当であつて、審決に原告ら主張の違法はない。

三 よつて、審決の取消しを求める原告らの本訴請求は失当としてこれを棄却する。

〔編注1〕本願考案の要旨は左のとおりである。

工作機械の加工テーブル上に載置固定され、その上面が加工基準面とされて、この加工基準面上に載置された被加工物を磁力によつて所定の位置に固定するマグネツトチヤツクにおいて、前記加工基準面の被加工物載置領域に穿設された比較的大径の取付孔内に、小径の流体噴出孔を有するブツシユを嵌装することにより形成された複数の小孔からなる圧力流体噴出部と、前記マグネツトチヤツクの本体内に形成され、前記圧力流体噴出部を形成する小孔に連通する圧力流体通路と、圧力流体通路に圧力流体を供給する圧力流体源とを備えたマグネツトチヤツク(別紙図面一参照)。

〔編注2〕本件における図面は左のとおりである。

別紙図面一

<省略>

別紙図面二

<省略>

(他は省略)

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